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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)925号 判決 1951年5月18日

控訴人 申請人(選定當事者) 水沢玲子 外五名

訴訟代理人 藤井英男

被控訴人 被申請人 日本曹達株式会社

訴訟代理人 五十嵐太仲

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴会社が昭和二十五年三月二十三日別紙目録記載の者に対してした解雇の意思表示の効力を停止する。被控訴会社は別紙目録記載の者が被控訴会社の従業員としてする業務を妨害してはならない。被控訴会社は別紙目録記載の者に、それぞれ同目録記載の賃金を支払わなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴会社の負担とする。」との判決を求め、被控訴会社代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴人等代理人において、

一、原判決の事実摘示中、申請理由の要旨として第二の(二)の(い)に記載(記録二五九丁裏二行目以下)せられている主張は撤回する。またその(三)のうち「或は三月三十一日迄に……(中略)……不当である」(記録二六一丁裏二行目から五行目にわたる)という部分は、事情として述べたものである。

二、原判決の事実摘示中、申請理由の要旨として第二の(四)に記載(記録二六一丁裏八行目以下)せられている主張は、被控訴会社の申入れによつて定められた昭和二十五年三月二十二日の協議会を、被控訴会社が正当の事由なくして、一方的に開催を不可能にしたことは、不当労働行為であるから、これに伴う本件解雇の意思表示も無効であるというに帰着する。

三、被控訴会社の二の抗弁(労働基準法第二〇条違反について)に対し、被控訴会社が、その主張する通りの供託をしたことは認めるが、その他の事実は否認する。被控訴会社において控訴人等を解雇するには、労働協約第三七条第三号・第三九条・就業規則第七〇条四号・五号・第七一条・労働基準法第二〇条によつて、平均賃金三カ月分を現実に提供すべく、その提供の場所は、債権者である控訴人等の住所であるべきところ、被控訴会社は昭和二十五年三月二十七日に、その金員を現実に提供しなかつたから、即時解雇の効力は発生しなかつたものである。

四、原判決事実摘示中、申請理由の要旨として、第二の(二)に記載(記録二六〇丁表四行目以下)せられている「その協議は、協約第八条・第三七条に関する協議事項とその内容を一にするから、協約第一三二条が準用される結果」というのは、解釈上協約第一三二条が準用せられる結果の意味である。

五、被控訴会社の四の主張に対し、昭和二十三年十一月十九日就業規則が改訂せられ、会社と組合とが協議する旨のいわゆる「協議事項」が削除せられ、「申合せ事項」なるものができたことは認めるが、この「申合せ事項」は就業規則の一部であるから、労働協約の一部をなすものでないと述べ、

疏明として、甲第一から第七号証、第八号証の一から五、第九から第十一号証、第十二号証の一から三、第十三号証の一から五、第十四号証の一と二、第十五号証の一から四、第十六号証の一と二、第十七号証の一から三、第十八から第二十四号証を提出し、原審証人水口平、小島正拾、五反田寅二、丸山幸則、当審証人松田辰雄、原審並びに当審証人林勇(原審一、二回、当審一、二回)の各証言を援用し、乙号証に対し、第一から第四号証はいずれもその成立を認める。第五号証の一と二、第六号証の成立は知らない。第七号証、第八号証の成立を認める。第九号証の一と二、第十号証、第十一号証の一と、四から四十一と四十三の成立はいずれも知らない(第十一号証の二、三、四十二の成立は認める)第十二号証の一の成立を認め、同号証の二の成立は知らない。第十三号証の一から十六と、十九((イ)と(ロ))から二十六の成立は、いずれも知らない(第十三号証の十七、十八の成立は認める)、第十四から第十七号証の成立は、いずれも知らない。第十八号証の一と二の成立は認める。なお乙第三号証、第四号証、第七号証、第八号証、第十一号証の四十二を援用すると述べた。

被控訴会社代理人において、

一、昭和二十五年四月二十八日控訴人等の所属する日本曹達労働組合が、会社再建計画に基いて、被控訴会社が採つた人員整理、並びにそれに関連する措置を承認したから、権利保護要件を欠くところの本件仮処分の申請は、却下さるべきであるという主張は撤回する。

二、原判決の事実摘示中、被控訴会社の答弁として記載せられている「申請理由第二(法律上の主張について)(C)労働基準法第二〇条違反について」の項目について、次のように補充する。

(1)  労働基準法第二〇条によれば、使用者が労働者を解雇しようとする場合において、三十日前に予告をしないときは、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない旨規定せられている。本条の立法趣旨は、労働者が解雇せられた場合、その労働者をして経済上の不安なく、就労の機会を得させる目的から、民法の原則を修正し、一カ月の予告の期間をおき、若しくは三十日分以上の平均賃金を支払うことを使用者に命じたものであるから、就業規則に、会社が従業員を解雇するには、三カ月分の平均賃金を支給する趣旨の規定を設けたからといつて、それが直ちに労働基準法第二〇条に定められているところの使用者が即時に支払わなければならない予告手当に代るわけではない。したがつてこの場合三十日分の予告手当を即時に支払えば労働基準法第二〇条により即時解雇もできるのである。

(2)  控訴人等は労働基準法第九三条を援用して、三カ月分の予告手当を支払わなければ、即時解雇の効力は生じないと主張するけれども、被控訴会社は、本件解雇に当り、就業規則に定められている三カ月分の予告手当を支払う旨明示し、その支払方法についてだけ、労働基準法第二〇条にしたがい三十日分は即時に支払うが残額は三カ月以内に支払うことを通告したに過ぎないから、別段被解雇者を就業規則に定められている基準に達しない労働条件で、解雇したことにはならない。殊に被控訴会社としては、原判決の事実摘示にあるように昭和二十五年三月二十九日被解雇者に対し、平均賃金の三カ月分全額を支払う旨通知し、その支払準備を完了しているのであるから、労働基準法第二〇条にいさゝかも違反しない。

(3)  控訴人等は右予告手当の支払は、債務の本旨にしたがい、現実になされたものでないと主張するけれども、被控訴会社としては、原判決の事実摘示にあるように、通知の都度二本木工場の内外にこれを掲示し、且つ放送して、予告手当の支払場所が二本木工場なることを明示し、それに必要な現金を準備していたのであるが、控訴人等の被解雇者は、いずれも解雇の効力を争い、予告手当を受領する意思のないことが明白であつたので、同年四月二十三日被控訴会社において、弁済供託したものである。

(4)  解雇予告手当の性質は、賃金に準ずべきものであるから、賃金の支払がいわゆる取立債務に属し、したがつてその支払場所が、使用者の事業場であることは、わが国一般の事例であつて、控訴人等と被控訴会社間の労働契約もまた軌を一にするものであるから、本件解雇予告手当の支払場所を二本木工場として通告したことは、何等違法でない。

三、就業規則中に、前記のように「三カ月前に予告するか、又は三カ月分の平均賃金を支払わなければ、会社は自己の都合により組合員を解雇できない」という規定はあるが、労働協約の中には、そのような規定はない。

四、昭和二十三年十一月十九日就業規則を改訂して、現行就業規則を制定した際、会社と組合と協議する旨のいわゆる「協議事項」を削除して、「申合せ事項」とした。この申合せ事項は、労働協約の一部をなすものであるから、労働協約自体が失効した現在では、この申合せ事項も効力を失つたものであると述べ、

疏明として、乙第一から第四号証、第五号証の一と二、第六から第八号証、第九号証の一と二、第十号証、第十一号証の一から四十三、第十二号証の一と二、第十三号証の一から二十六(十九は(イ)と(ロ))、第十四から第十七号証、第十八号証の一と二を提出し、原審証人川村福二、小貫律太郎、江間茂、当審証人河本洋の各証言を援用し、甲号証に対し、第一、二号証は成立を認める。第三号証の成立は知らない。第四から第七号証の成立を認める。第八号証の一から五の成立は知らない。第九から第十一号証、第十二号証の一から三、第十三号証の一から五、第十四号証の一と二、第十五号証の一から四は、いずれもその成立を認める。第十六号証の一と二の成立は知らない。第十七号証の一から三、第十八号証はいずれもその成立を認める。第十九から第二十三号証の成立は知らない。第二十四号証の成立は認める。なお第二号証、第四号証、第七号証、第九号証、第十号証、第十一号証を援用すると述べた。

理由

一、被控訴会社は苛性曹達その他工業薬品を製造する会社で、肩書地に本店をおき、新潟県二本木その他に工場を有し、控訴人等は被控訴会社の従業員として二本木工場に勤務し、且つ会社の従業員をもつて組織せられている日本曹達労働組合の組合員であつたこと。被控訴会社から昭和二十五年三月二十三日控訴人等宛に、書面をもつて解雇通知が発せられ、その頃控訴人等に到達したこと。その後控訴人等が就業を拒否せられ、従業員として待遇を受けていないことは、いずれも当事者間に爭いがない。

二、よつて被控訴会社が前記解雇通知によつて、控訴人等を解雇したことの効力について判断するに、

(1)  控訴人等は被控訴会社が労働組合と協議決定しないで、一方的に控訴人等を解雇したことは、被控訴会社と労働組合との間に、昭和二十四年十一月十六日に締結せられた労働協約の第八条、第三七条一項三号二項、第一三二条一項の趣旨に違反し、その解雇は無効であると主張する。

しかし被控訴会社と労働組合との間に、これより前、昭和二十三年九月五日労働協約が締結せられ、その有効期間を一カ年(昭和二十四年九月四日迄)と定めたが、期間満了の前になつて、双方協議の結果、新たに労働協約を制定することとし、とりあえず従前の労働協約の有効期間を一カ月延長することを合意し、新協約案の作成に当つたが、両者の意見がまとまりそうもないので、更にその有効期間を昭和二十四年十一月十五日まで延長することを合意した。しかしそれでも新協約案がまとまらないため、有効期間経過の翌日たる同年十一月十六日両者間において、確認書という書面(甲第十二号証の一)を作成したことは、当事者間に争いがない。

そして成立に争いのない甲第十二号証の一から三、乙第七号証、同第八号証、原審証人川村福二の証言により成立を認め得る乙第五号証の一、二、同第六号証、同第十号証と、原審証人川村福二、同小貫律太郎の各証言を綜合すれば、被控訴会社としては、昭和二十四年九月四日をもつて有効期間が満了となる前記労働協約につき、有効期間の満了となる前から、連合軍総司令部経済科学局労働課の示唆をも織込んだ新労働協約を締結したい考えから、昭和二十四年八月二十六日組合に対し、会社案を示して協議を申入れ、協約案がまとまつても、その調印前協約案を総司部に提出するよう指示を受けていたので、組合側にそのことを明示した上、協議を重ねたが、容易に妥結するに至らないので、前記のように労働協約の有効期間を再度延期して協議をつづけた結果、全面的に意見の一致を見ることはできなかつたが、大部分について協議がまとまつたので、有効期間満了の翌日なる昭和二十四年十一月十六日、双方において、意見の一致した部分を明確にするため、前記確認書(甲第十二号証の一)を作成したけれども、協約案を総司令部に提出しなければならないので、同年十二月二十一日双方の意見が一致した部分につき、これを条文化した協約案(乙第七号証)を作成した。しかしこれは協約案であるため、双方ともこれには署名もしなかつたし、作成日附も空白のまゝとし、別に双方の間で、「会社はこの労働協約締結について、調印前、連合軍総司令部経済科学局労働課に提出するよう指令を受けているので、会社と組合はこの協約に仮調印し、右手続が完了後正式に調印するものとする」との書面を作成しその日附を従前の労働協約の有効期間満了の翌日なる「昭和二十四年十一月十六日」にさかのぼらせた日附にし、これに双方の代表者が記名捺印し、その後昭和二十五年一月十三日、被控訴会社からその協約案を総司令部に提出したところ、同年二月九日頃会社及び組合に対し、それぞれ勧告があつたので、会社はその線に従つた労働協約を締結する意図のもとに、同年二月十七日組合に対し、協約案についての協議を申入れたが(乙第十号証)、たまたま組合との間に越冬資金や退職金のことで紛争があつたのと、続いて会社から本件係争の従業員の整理を含む再建計画の発表をしたので、両者の協議は中断の形となり、同年五月に二回協議会を開いただけで、まだ労働協約は締結されないまゝである事情を推認し得る。

控訴人等は、会社と組合との間で昭和二十四年十二月二十一日作成した書面(乙第七号証)は、新しい労働協約であつて、会社も組合も奥付をもつてそのことを確認し、且つ総司令部に提出手続完了後、正式調印する旨の書面を作成し、会社と組合の各代表者が記名調印したものである。もつとも労働組合法第一四条には、労働協約に署名を要するよう規定せられているが、慣行上記名捺印をもつて代え得るものと解されるし、会社も組合もこれまで前記書面を労働協約と認めていたものであるから、労働協約としての効力があると主張するけれども控訴人等において労働協約と主張する書面(乙第七号証)の作成せられた事情が、前記の通りであるからには、会社と組合との双方に無協約状態を避けようとする意図のあつたことは充分窺い得るが、前記書面に労働協約としての効力を持たせる意思があつたものとは推認できないのみならず、労働組合法第一四条によれば、労働協約は書面に作成した上、更に協約当事者が、その書面に署名することを、労働協約の効力発生の要件とし、しかもこの場合の署名について、商法中署名すべき場合における如く、記名捺印を以て、これに代え得る旨の規定の存しない以上、労働協約については、その内容となつている事項が、協約当事者の真の最後的意思であることを確認する方法として、協約当事者がその書面に自から署名することを絶対の要件としているものと解されるから、協約当事者の署名を欠く書面(乙第七号証)に、労働協約としての効力は認められない。したがつて労働協約自体が存在しない以上、本件解雇の意思表示が、労働協約に違反するという控訴人等の主張は理由がない。

(2)  次に控訴人等は、被控訴会社が労働組合と協議しないで、一方的に控訴人等を解雇したことは、昭和二十三年十一月十九日に改訂せられた就業規則第七〇条、及び同日別に作成せられた「就業規則に関する申合せ事項」の十二に違反すると主張する。

ところで成立に争いのない乙第一から第四号証、原審証人川村福二の証言によつて成立を認め得る乙第六号証と、原審証人川村福二、同小貫律太郎の各証言を綜合すれば、昭和二十三年九月五日に労働協約の改訂を見たが(乙第一号証)当時の就業規則(乙第二号証)には、従業員と会社との関係以外に、会社と組合との関係についての規定まで含まれていたが、被控訴会社においては会社と組合との関係は、これを労働協約中に規定すべきものであるとの見解の下に、この就業規則から、会社が一定の事項につき組合と協議すべき旨の協議約款を除外することとし、組合の同意を得て昭和二十三年十一月十九日新しい就業規則(乙第三号証)を定め、就業規則からかゝる協議約款を除外したこと、そしてこの除外した協議約款については、組合と協議の上、就業規則とは別に、同日「就業規則に関する申合せ事項」と題する書面(乙第四号証)を作成し、その「十二」において、就業規則第七〇条第四号及び第五号については、組合と協議する旨の定めをし、結局(イ)事業の縮少または廃止の止むなきに至つたとき(就業規則七〇条四号)又は(ロ)その他事業経営上止むを得ない都合のあるとき(同条五号)でも、会社において従業員を解雇するには、組合と協議する旨定めたことを認め得る。しかしながら右認定の如き「就業規則に関する申合せ事項」と題する書面(乙第四号証)を作成するに至つた事情より判断すればこの申合せ事項は、名称は「就業規則に関する申合せ事項」となつているが、この申合せをした会社及び組合の意見は、これを以て就業規則に属せざるものとし、これを以て労働協約に附属する申合せと解したことを推認するに難くない。そうだとすれば、この「就業規則に関する申合せ事項」は、労働協約が効力を失つた昭和二十四年十一月十五日に、労働協約とともに効力を失つたものと解されるから、前記申合せ事項が、就業規則の一部として効力のあることを前提とする控訴人等の主張は採用し難い。

(3)  更に控訴人等は、被控訴会社が三カ月の予告期間もおかず、昭和二十五年三月二十三日付の書面をもつて、解雇予告手当平均九十日分の内、三十日分は即時支払い、残り六十日分は三カ月以内に支払う旨附記し、同月二十七日限り控訴人等を解雇する旨通知したのは、労働基準法第二〇条、労働協約第三九条、就業規則第七一条に、違反すると主張するが、成立に争いのない甲第九から第十一号証、乙第十三号証の十七、十八、原審証人江間茂の証言によつて成立を認め得る乙第十三号証の二から十五、同号証の十九(イ)(ロ)、二十、同第十五号証、同第十六号証と、原審証人川村福二、同江間茂の各証言を綜合すれば、被控訴会社は昭和二十五年三月二十三日控訴人等に対し「昭和二十五年三月二十七日限り解雇する。解雇予告手当は平均賃金の九十日分を支払うこととし、内三十日分は即時に支払い、残り六十日分は三カ月以内に支払う」旨通知し、その書面は同月二十七日までに、控訴人等に到達した。そして被控訴会社としては、前記平均賃金の内三十日分について、即時に支払ができるよう現実に資金を準備し得たが、残り六十日分についても、資金の調達を急ぎ、全額を現実に準備できたので、同月二十九日被解雇者に対し二本木工場において解雇予告手当の全額を即時支払う旨通知しその請求をした者に対しては、解雇予告手当の全額を支払つたが、同年四月二十三日までに請求しなかつた者に対する解雇予告手当は、同月二十四日その全額を新潟地方法務局高田支局に供託したことが疏明せられる。

惟うに労働基準法第二〇条は使用者が労働者を解雇しようとする場合、使用者は労働者に対し三十日前に予告すべきものとし、三十日前に予告しないときは、原則として三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない旨規定する。而して法が使用者に対しこの三十日分以上の平均賃金の支払をなすべきことを命じたのは、労働者が予告期間を設けざる解雇によつて、突如生活上の脅威に曝されることを防止せんとするにある以上、その支払又は提供は、解雇の効力発生要件と解すべきであり、従つて使用者が労働者に対し一定の日時を限り、解雇すべき旨の意思表示をなすときは、右の平均賃金はこの日時迄に支払われ、又は提供されることを要するものと解すべきである。今本件についてみるに被控訴会社は昭和二十五年三月二十三日、控訴人等に対し前示認定の如き解雇及び三十日分の平均賃金につき、即時支払う旨の通知をなし、三十日分の平均賃金については直ちに支払の準備を完了したものであるが、解雇手当は賃金に準ずべきものとして、その支払場所は、使用者の事業場と認めるのが相当であるから、本件解雇手当の支払場所は、被控訴会社の二本木工場であると解すべく、而して右の三十日分の平均賃金即時支払の通知は、単にその支払を通知したものでなく、即時支払うことを言明して、その支払の準備あることを通知して、その受領を催告したものと推認されるから、畢竟被控訴会社は、解雇の日と定めた昭和二十五年三月二十七日迄に、三十日分の平均賃金を控訴人等に対し提供したものなることを窺われる。したがつて本件解雇が労働基準法第二〇条に違反するとの控訴人等の主張は採用に値いしない。

次に就業規則第七一条によれば、事業の縮少又は廃止の止むなきに至つたとき、その他事業経営上止むを得ない都合のあるとき、解雇された場合においては、三月以前に予告をなすか、又は三月分の平均賃金を支給する旨の規定のあることは、当事者間に争いのないところである。而してこの三月分の平均賃金中、三十日分については、労働基準法第二〇条により、その支払が解雇の効力発生要件であることは、前段所論の如くであるが、しかしこれは予告期間を設けざる解雇につき、少くとも三十日分の平均賃金を得せしめんとする労働基準法の右規定の強行法的性格に基いて、然るものといゝ得るに止まり、これを超える解雇予告手当の支払を就業規則において定めた場合、この超える部分については理論上必ずしもこれを労働基準法第二〇条と同様に解することを要するものでなく、就業規則自体の制定の経過、その文言等に徴して、その意義を決することを要する。即ちその支払が解雇の効力発生要件たるか、或いは被解雇者がその支払を請求する権利を有するに止まるかは、就業規則自体について決すべきところ、右就業規則第七一条自体よりすれば同条は被解雇者を経済的脅威に対し保護せんとするにあることはいう迄もないが、その文言よりするも、同条の趣旨は、被解雇者に対して三月分の平均賃金の支払請求権を附与したに止まるものと解される。然らば被控訴会社において解雇の日と定めた昭和二十五年三月二十七日迄に、三十日分を超える平均賃金の支払又はその提供をなさなかつたとしても、このことは何等本件の解雇の効力に影響なきものというべく、したがつて右就業規則違反を根拠とする控訴人等の主張は採用に値いしない。

されば控訴人等に対する本件解雇をもつて、労働基準法第二〇条、及び就業規則第七一条に違反するという主張は当らないし、当時労働協約が存在しなかつたことは、前記二(1) の通りであるから、その有効なることを前提とする控訴人等の主張も採用し得ない。

(4)  控訴人等は、昭和二十五年三月二十二日の協議会を、会社側が一方的に開催できないようにしたのは、団体交渉を為すべきことを、正当の理由なく拒んだことに帰著し、即ち不当労働行為であつて、かゝる行為を伴つた本件解雇は違法であると主張するけれども、原審証人川村福二の証言によれば、その開催直前組合がストライキに入つたため、やむを得ず協議会の開催を延期した事情が疏明せられるから、この点に関する控訴人等の主張も亦理由がない。

(5)  控訴人等は本件解雇をもつて、経営権の濫用であると主張するが、この点についての疏明が不十分だし、かえつて当審証人河本洋の証言により成立を認め得る乙第十四号証、第十七号証と、原審証人川村福二、当審証人河本洋の各証言を綜合すれば、被控訴会社の支柱となつている事業は、化学部門中、二本木工場の、DDT、グリコール、四塩化炭素等であるが昭和二十四年春頃から製品価格が暴落し、その上有効需要が激減したので、毎月滞貨が増加し、昭和二十三年末の未払債務は八千万円程度であつたものが、昭和二十四年末には二億九千万円を超え、その上借入金は五億七千万円もあつて、人件費の支払にも困る状態で、昭和二十五年に入つても、業績は益々悪くなるばかりで、配置転換や経費節約などをしても、どうにもならないので、売行の悪い製品を中止することにし、それに伴つて人員整理をするに至つた事情が疏明せられるから、この点に関する控訴人等の主張も採用し難い。

三、控訴人等において、本件解雇を無効と主張する点についての判断が以上の通りだとすれば、結局無効の原因について疏明がないことになり、しかも保証を立てさせて、控訴人等の仮の地位を定むべき場合でもないから、その申請を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条によつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について、同法第八九条、第九三条第一項、第九五条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長判事 松田二郎 判事 河合清六 判事 岡崎隆)

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